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浦和地方裁判所 平成4年(む)B44号 決定

主文

一  別紙記載の事件にかかる刑事確定訴訟記録につき、浦和地方検察庁検察官Aが、申立人に対して、平成四年四月九日にした閲覧不許可の処分並びに同月一〇日にした謄写不許可の処分を取り消す。

二  右検察官は、申立人に対し、右刑事確定訴訟記録を閲覧、謄写させなければならない。

理由

第一  申立ての趣旨及び理由

本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、申立人提出の「準抗告申立書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  本件記録、被告人Bに対する当庁平成三年(わ)第五七一号公職選挙法違反被告事件記録並びに当裁判所の事実調査の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  本件で申立人が閲覧謄写を求める刑事確定訴訟記録は、

(1) C(以下「C」という。)が、平成三年四月七日施行の埼玉県議会議員一般選挙に際し、南一五区から立候補する決意を有していたBに当選を得させる目的で、立候補届出前の平成二年一一月一一日ころ、同選挙区の選挙人であるD(以下「D」という。)、E及びFの三名に対し、右Bのため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、各金五万円を供与するとともに、立候補届出前の選挙運動をし、さらに、右Dら三名と共謀のうえ、同月一七日ころ、同選挙区の選挙人であるG子、H、I、J、K、L、M、N及びO子の九名に対し、前同様の報酬として一人当たり約六〇五三円の酒食の饗応接待をするとともに、立候補届出前の選挙運動をしたとして公判請求された公職選挙法違反被告事件

(2) D、E及びFの三名が、それぞれ、Cから前記現金五万円の供与を受け、さらに同人と共謀のうえ、前記G子ら九名に対して前記饗応接待をするとともに、立候補届出前の選挙運動をしたとして略式請求された各公職選挙法違反被告事件

(3) G子、H、I、J、K、L及びMの七名が、それぞれ右Cから前記饗応接待を受けたとして略式請求された各公職選挙法違反被告事件

にかかるものである。

2  申立人は、被告人B(以下「B」という。)に対する当庁平成三年(わ)第五七一号公職選挙法違反被告事件の弁護人であるところ、右事件の公訴事実の要旨は、Bにおいて、前記選挙に際し、自己に当選を得させる目的で、立候補届出前の平成二年一一月上旬ころ、Cに対し、選挙運動の報酬として、現金三〇万円を供与するとともに、立候補届出前の選挙運動をしたというのである。

3  右事件において、被告人及び弁護人は、Cに対する現金三〇万円の交付を認めるものの、その趣旨は、正規の後援会活動費として交付したものであるとして無罪を主張し、検察官申請の書証の大部分につき不同意の意見を述べ、その後、検察官申請の証人としてC、D及びFの三名が採用決定され(Eについては、自殺している。)、平成四年四月九日当時において、証人Cについては尋問が終了し、その余の証人については、尋問未了であつた。また、弁護人は、前記1(3)の七名を含む受饗応者九名について、その検察官及び司法警察員に対する供述調書の証拠開示を求めており、右開示申立てに対する裁判所の応答はなされていなかつた。

4  以上のような状況のもとで、浦和地方検察庁検察官は、申立人による前記刑事確定訴訟記録の閲覧及び謄写の請求に対し、前記Bに対する被告事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがあり、刑事訴訟法五三条一項の「検察庁の事務に支障がある」として、平成四年四月九日、右閲覧請求を拒否し、さらに同月一〇日謄写請求を拒否した。

(なお、その後の同月二七日、前記事件の第七回公判において、証人Dの主尋問が行われたうえ、弁護人から従前の証拠開示申立てを取下げ、改めてその開示を求める範囲を拡大した証拠開示申立てがなされ、これに対して裁判所は職権発動をしない旨の訴訟指揮をした。)

二  刑事確定訴訟記録法は、刑事確定訴訟記録の保管、保存及び閲覧に関する基本的な事柄を定めた法律であるが、同法第四条一項は、その本文において、刑事訴訟法五三条の訴訟記録公開の制度を受けて訴訟記録公開の原則を定めるとともに、ただし書において、刑事訴訟法五三条一項ただし書に規定する事由がある場合はこの限りではないとして、訴訟記録の保存又は裁判所もしくは検察庁の事務に支障のあるときは閲覧させないことができるとしている。

右にいう「検察庁の事務に支障があるとき」には、右記録を裁判の執行や証拠品の処分等検察庁の他の事務手続きのために使用している場合のほか、当該確定記録を請求者に閲覧させることによつて、その確定記録にかかる事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合も含まれると解するのが相当である。しかしながら、本件のように、関連事件の審理の中で証拠開示の申立てがなされており、確定記録閲覧の目的が実質的に証拠開示の申立てと同一である場合に、確定記録を閲覧させることが公判に不当な影響を与えるものというべきか否かは、なお検討を必要とする。なぜなら、もともと、確定記録の保管に関しては、裁判所が保管機関に任ずべきか、検察庁が保管機関に任ずべきかの議論があつたところ、刑事確定訴訟記録法においては、裁判の執行や恩赦の都合上必要であるという理由から、従前からの慣行に従つて検察庁を保管機関としたものである。したがつて、検察庁が確定記録を保管するのは、捜査機関としての立場でするものではない。いつたん、裁判所に提出された確定記録は、すでに公的な性質を有し、原則として何人も閲覧が可能な資料となるのであり、検察官の手持ち証拠とは異なるのである。そうだとすると、検察官が手持ち証拠の開示を拒否できるのと同じような意味合いで、確定記録の閲覧を拒否できるとするのは相当でない。他方、裁判所が証拠開示命令を発するか否かは、単に証拠を開示することによる罪証隠滅等の危険性ばかりでなく、証拠開示の必要性など諸般の事情を考慮したうえ、訴訟指揮権の発動としてこれを行うのであるから、証拠開示命令が発せられていないからといつて、弁護人に対する証拠の開示が、直ちに罪証隠滅工作につながらおそれがあるとは評価できないのである。結局のところ、検察官による閲覧拒否の当否は、公判審理における証拠開示の申立ての当否と直接関連づけるのではなく、もつぱら、確定記録公開原則の立場から、どのような場合に閲覧拒否を認めるのが相当かを検討して決するべきである。そして、刑事訴訟法五三条及びこれに基づく刑事確定訴訟記録法四条の確定記録公開の原則は、憲法八二条の裁判公開の制度を一歩進めたものであり、原則として何人にも確定記録の閲覧を認め、閲覧拒否ができる場合を具体的に列挙しているのであり、このような建前からすれば、閲覧拒否が許される場合はできるだけ限定的に解釈すべきであること、「検察庁の事務に支障があるとき」との解釈を緩やかにするときには、その範囲は極めてあいまいなものとなり、保管検察官の恣意的な運用を招きかねないことを考慮するならば、前記の「捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合」とは、請求者に閲覧させることによつて、関連する捜査中ないし審理中の事件について、証拠隠滅工作等の捜査妨害ないし審理妨害行為がなされる具体的危険性があるような場合に限るのが相当である。

三  以上の解釈を前提として、本件における検察官の閲覧拒否の当否を検討するに、前記認定のとおり、被告人Bの公職選挙法違反被告事件において、検察官申請の証人D、同Fの尋問が未了(現時点では証人Dの主尋問は終了している。)であるけれども、本件確定記録を閲覧させることによる右尋問に対する影響は、検察官の意見書においても単に「心理的な影響」と主張されているに止まり、それ以上に、右証人らに証拠隠滅工作が行われる危険性は全く主張されていない。また、その他に、本件確定記録の閲覧が証拠隠滅工作につながる危険性についての主張も疎明もない。そうすると、本件で申立人に確定記録の閲覧をさせることが、被告人Bの事件に不当な影響を及ぼすものと認めることはできないのであり、保管検察官が申立人の閲覧請求を拒否したことには合理的理由がなく、不当というべきである。

なお、付言するに、右被告人Bの事件においては、その争点から見て現金の授受当事者であるCの供述が最も重要な証拠となるところ、同人の尋問は既に反対尋問も含めて完了しており、その供述に影響を及ぼす余地はなく、また右Cからさらに現金の供与を受けたとされる前記証人D及びFの供述は本件の争点を直接証明するものではなく、間接的な証人にすぎないのであり、まして、前記一1(3)の受饗応者七名については、検察官において証人として申請する予定もないことが認められる。一方、事件記録から明らかな同事件の捜査経過を見るに、Bは、弁護人と打合せのうえ、自己の主張を書面にして警察に出頭して逮捕勾留されており、捜査官は、右主張を前提にして関係者から供述を得て調書を作成し、そのうえでBを起訴していることが認められるのであつて、前記証人D及びFに対する罪証隠滅工作の余地は、もはや極めて乏しいことが認められるのである。このような事情から見ても、本件において、確定記録を閲覧させることが、公判に不当な影響を及ぼすものとは到底認めがたいのである。

四  次に、申立人が、確定訴訟記録の謄写を請求し、これを拒否されたことに対する不服を言う点について検討するに、刑事確定訴訟記録法においては、確定記録の閲覧のみを規定し、その謄写に関しては何ら規定していないところ、これは、謄写された記録が一般に公表される等の事態によつて、被告人や関係者のプライバシーが侵害されるおそれがあることから、一般的には謄写を許さないこととし、謄写の可否についての判断を保管検察官の広範な裁量に委ねたものと解される。しかし、だからといつて、謄写を許してもプライバシー侵害のおそれがない場合にまでも、その謄写を許さないことは、その裁量を逸脱するものというべきであつて、請求者には不服申立てが許されるものと解すべきである(この場合、謄写請求の拒否も、刑事確定訴訟記録法八条一項の「閲覧に関する処分」に含まれると解する。)。

ところで、本件においては、申立人は弁護士であり、また、申立ての理由は被告人Bの事件についての弁護活動に利用する趣旨であることが明らかであるから、その謄写が、関係人のプライバシーを侵害するおそれはないものであり、申立人の謄写請求を拒否したことは、保管検察官の裁量を逸脱したものというべきである。

五  以上の次第で、本件申立ては理由があるから、刑事確定訴訟記録法八条二項、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

平成四年五月一四日

浦和地方裁判所第二刑事部

(裁判官 倉沢千巌)

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